夜と風邪
星宮は空に向かってクシャミをする。
「ベランダ、寒いやろ、はよ中入り」
部屋の中のハシがガラガラと窓を開けて星宮へ言うと彼女は「もうちょい」と熱心に空を見上げることをやめない。
ハシがため息をついて、星宮は頭の端っこでこっそり、その数を数えている。
「私たちが付き合い始めてから五千六百ニ回、同棲し始めてから三千二百四回」と彼女は思う。
付き合って五年だから、ハシは実に一日に三回以上ため息をついていることになる。一緒に住んでから余計増えた。
星宮はハシのことが好きだ。でもハシのほうはどうなのだろう。ため息が溢れるたびに星宮の存在がグラグラ揺らぐ。
夜空の真っ暗の中で星がひゅるひゅる光っている。
星のひとつひとつが灯りだとすれば私の顔はどれだけ照らされるだろう。夜はどれだけ明るくなるだろう。
星宮は危うくため息をつきそうになった。彼女はハシと付き合い始めたときにため息をつくことを辞めた。すごく淋しいからだ。夜空の星がどこかへ飛んでいってしまいそうだからだ。
するとため息の代わりにクシャミが出た。
「ほらもぉー、風邪やん」
気がつくとハシが隣にいて、星宮の顔を覗き込んでいた。
ハシの長いまつ毛が上を向いている。彼女の腕が彼女を抱える。星宮はハシに肩を抱かれながらハシの顔をじっと見つめた。
そのとき、点々と咲く花のようだった星たちが強く光り輝いてハシの顔を照らした。彼女の顔は綺麗だ。
星宮はそれだけで安心した気分になってハシの手を引いて部屋の中に入る。
彼女らは発光する夜に別れを告げる気持ちで後ろ手に窓を閉めた。