百円のサンドウィッチとラッキーストライク(昔書いたやつ)

畠山は二階から外の景色を見ていた。 

鼻をかんだティッシュみたいにクシャクシャの雲と、空の色が映ったらしい真っ青な海が畠山の目の前に広がっている。 

反射したり、滲んだり、褪せたりして、なにごともないかのように存在する。 

目というのは不思議だ、と畠山は思う。 

高校の時、授業を真面目に聞いていなかった彼女は虚像とか、実像とか、そういうものはよくわからないが、要は目の奥でちゃんとものが見えるように仕掛けがあるようだ。その仕掛けのおかげで私は光に触れられるのだ。心を動かせるのだ。 

人間というのはつくづく便利な生き物だ。 

自分の心を動かせるよう、綺麗なものはより綺麗に見えて、見たくないものからはピシャリとまぶたを閉める。 

風が吸い寄せられて窓から入ってきた。 

畠山は突然、失恋したみたいな気分になったので窓を閉めた。なぜか、涙が溢れてきて、うっうっと男みたいに泣いた。 

涙に混じって嫌な気持ちも流れればいいのに。 

畠山は泣いてもスッキリなんてしない。きっと、泣いてスッキリする人は泣いてる自分が可哀想になるのだ。だから、自分に同情して、あれは仕方ないよって自分を慰めるのだ。畠山はそうはならない。 

泣いている弱い自分を心底嫌いになる。だから、彼女は人前では絶対に泣かないし、自分の前でも泣きたくない。 

私は強い人間なんだと確信しながら生きたいと畠山は思っている。どんなことがあっても折れ曲がったりしないように余裕を持って生きたい。 

涙が止まって窓を開けると、相変わらず世界は青い。 

私の心の中も、青いなら、こんな青になったらいいのに、と腫れた目で睨みつけた。

執拗に夏を嫌う女(昔に書いたやつ)

八月が嫌いだ。 

肌もTシャツも、爪の先から舌の根っこまで、元気のいい太陽に照らされて黒ずんでいくから嫌いだ。 

初めて、親知らずを抜いたのも八月だったし、好きだった男の子に違う女がいたことを知ったのも八月だ。 

別に、悲しくなんてないよって言う私のおでこからは涙の代わりに汗が蛇口をひねったように流れ落ちた。 

八月なんて大嫌い。 

皆、夏になるとテンションが上がったり何か新しいことはじめようとする。 

でも、夏っていうだけでドキドキするのは間違っている。季節に自分の気持ちを左右されるなんておかしい。私は自分で自分の心を動かして、年がら年中ドキドキしていたい。夏なんていう、かき氷のように溶けてなくなったり、花火のように一瞬で散ったり、スイカのようにパカッと割れたりするものに惑わされない。 

体の気怠さや月末の電気料金や日向の眩しさやらは全部、夏のせいにして嫌いだ嫌いだと八月を呪いながら私は生きていく。これからも八月になるたびに色んなことを思い出しながら死ぬのだ。 

隣の誰かがそっと呟いた。 

「夏が終わらなければいいのに」 

私は八月が嫌いだ。 

すごく昔の話(昔に書いたやつ)

  イクチオステガは悩んでいた。 

  生命とは海で生まれたものであり、彼の父も祖父も魚として、水の中で生命を全うした。彼らは海の生態系のトップであり、なに不自由なく生きた。 

  父が死んだ時、彼は新しい世界を見たいと望んだ。強く望んだ。すると、水をかくことで精一杯だったヒレが地面を押す足になり、肺で呼吸をすることができるようになった。 

  息というのは不思議だと彼は思う。空気を吸うと肺が満たされ、それが自分の生命を維持するのだ。自らの意思で息を吸ったり止めたりできる。エラを使っていた頃はこんな感覚はなかった。 

  しかし、彼は地上で生きることのできる体を手に入れた今でも、水の中が恋しかった。 

自ら望んだことなのに、一歩先は数キロ先に感じ、明日の自分なんて見えなかった。 

  涙が出ることを知って、たくさん泣いた。 

  涙は地面に溶け出し、消える。それを繰り返して長い時間が経ち、前足の麓に水たまりができた。 

  月明かりの元で獣にも魚にもなりそこなった姿がこっちを向いて嗚咽を漏らしているのがなんだか滑稽で笑える。 

  イクチオステガは思った。 

  あぁ、オレは誰でもないんだ。 


  彼は息を止めた。自分の意思で。 

  水をかく為ではない足を必死に蹴る。 

  もう、涙が出ているのかもわからなかった。 

  そして、海の深い深いところまで潜っていった。 

コピーアンドペーストの成れの果て

まだ、生きている

照明が当たる場所と

それによってできた影の部分を

行きつ戻りつしながら

人生は壮絶かしらと

唱え

私は口笛など吹かない

そんな虚さ加減など知らない

しかし、まだ、生きている

 

舞台は閃光だ

ロウソクの火は明かりでなく

焼けた眼差しだ

盲目のあの人が

私を轢き殺す

ころんと落ちた私の目玉を

人々は見る

 

世界に意味はなく

意味を求める己を背負い

まだ、生きている

バンブッ

1

僕たちは小学校一年生の時に出会った。
当時、僕のクラスに森本という奴がいて、こいつが馬鹿でチビでメガネで冴えない奴だった。僕はその森本と毎日一緒に帰っていて、ある日森本が連れてきたのが竹本だった。
僕と森本は一組で竹本は二組だったが、僕たちはすぐに気があうとわかって一日の大半を共に過ごすようになった。
僕はその時、完全学校服従人間(児童)だった(真面目だったのではなくただボンヤリとしていただけ)から授業をサボったりはしなかったが、放課後になり学校から解放されると、皆が帰ったあとの教室に三人で残ったり、寄り道して暗くなっても帰らず親に大目玉を食らったこともあった。
森本はメガネで竹本もメガネで僕はデブで、当時、そんなカーストがあったのかはわからないが、少なくとも学校のランクでは下の方にいたと思う。だけど僕たちは楽しくて毎日バカ笑いを顔に描いて生きていた。

モサくて、アニメで見た(僕は家でアニメを観れなかったから彼らから口頭でアニメの内容を教えてもらっていた)キャラクターの台詞を急に叫んだりしているような小学生(最近はこのような子供も減りましたね)だったけど周りの目なんか気にしなかった。少なくとも当時は。

シンナー

空気の中を波紋が走って揺れる。振動が伝わって肌から体内に入り込み、胸の奥の熱っぽいところを打ち鳴らす。小刻みに震える音と、抑揚のある音が混じり、音楽が出来ていた。人々は酔っ払ったように音に乗り、恍惚とした顔を演奏者に向ける。
JR神戸線の高架下、大阪駅前の信号のすぐ横に、男が露店を開くかのように機材と男の名前とツイッターのアカウントが入った立て看板を広げていた。路上ライブだ。
大阪は路上ライブをする者が多く、警察の取り締まりも厳しかったが、それでも路上ライブはなくならなかった。人々は音楽に飢え、音楽を渇望していたのだ。夜が来ると共に演奏者は現れ、その周りには人だかりができた。
その男はベースを叩いていた。鋭いスラップサウンドが冬の乾燥した空気を刺し、地に落ちた低音が足元を走り抜ける。
赤信号で立ち止まった人がその音色につられ、男の方を見る。オレもそのひとりだった。
ベースを弾いている強面の男はゴツいピアスで耳たぶに大きな穴を開けているが、誰もそんなところは見ていない。奏でるものが彼の顔であり、彼の全てだった。
スラップが終わると、男はビールを一口飲み、今度は零れた音色を拾い集めるかのように弦を指で弾き始めた。音は男の体を回り、指先から生まれていた。聞き馴染みのない、しかし親しみやすいフレーズがオレの体に溶けだして消えていく。周囲を見回すと、目を閉じる者、体を音に合わせて揺らす者、男の指先を目で追う者、様々だった。
信号が青になった。だめだ。オレは過去を振り払うように歩き出す。
風が吹き、ベースの音が止んだ。拍手。
指笛を鳴らすものまでいる。人々は完全に狂っている。オレはもうやめたんだ。ああはなりたくない。
車と街灯と電車と、光が揺れて、広がり、オレを射す。眩しさに顔を逸らして振り向くと路上ライブは近いような、いや、遠いような。
オレは前を向き、再び歩き出す。振り払ったはずの音色は頭の中をずっと侵し続けている。
これはいつ止むのだろうか。泣き出しそうになりながら家路へと急いだ。
大阪の夜はどこか甘い匂いがした。