今生の

病に床臥し、いくばくか流れた。

身体に三粒の腫れ物がたたっている。

ひとつは欲する。ひとつは願う。ひとつは哀し。

弾けることが全てと、膨れて、いつかを待っている。

今は小さくても、やがてビッグになってやると腫瘍は夢を描いている。

心の浜辺に腰を下ろす。すくい取って手を広げるとさらさらと落ちていく、砂砂砂。俺の感傷。俺の情緒。俺の中の粒立ったおもい。

海は広がり続ける。波はかぶれる。夢は張り裂けそうにヒリヒリとしている。

呼ぶものはいない。

あ(昔書いたやつ)

ひらけた。うまれた。とんだ。 

君の瞳に僕がうつって、世界ができた。 

この時に君がすこし嫌な顔をして、僕は笑ったから世界はゆがんだ。 

手のひらの中で大事にされた泥だんごのような世界は自分がなんでもできるとカンチガイしていろんな方向にのびたり、とんがってみたり。それをみた何もしらないヤツがまるで、前髪の寝グセをなおすかのように些細な気持ちで世界をきょうせいした。世界はこわれた。 

世界は笑った。 

視界がひらけて、身をゆだねると自分が新しくうまれたような心地がした。世界は空をとんだ。 

そして、おちた。 

おちて黄身か白身か判別ができないほどに世界はぐちゃぐちゃになった。 

こうしてぐちゃぐちゃになってみると世界はどうでもよくなった。価値観も、愛したヒトのこともわすれて世界は笑った。 

ひとしきり笑ったあと、世界はそういえば今日の10時から卵のタイムセールがあったことを思い出した。世界は少し後悔した。 

明日変えると思います

焼えいひれとキクラゲ

上白糖の雨

公共料金未払い

どっかの家からカレーの匂い

お母さんお父さん

兄、嫁さん

知ってる?

ねえ知ってる?って

バカみてえでやんの

死にたい

ねえ死んでよって

バカみたいだ

百円のサンドウィッチとラッキーストライク(昔書いたやつ)

畠山は二階から外の景色を見ていた。 

鼻をかんだティッシュみたいにクシャクシャの雲と、空の色が映ったらしい真っ青な海が畠山の目の前に広がっている。 

反射したり、滲んだり、褪せたりして、なにごともないかのように存在する。 

目というのは不思議だ、と畠山は思う。 

高校の時、授業を真面目に聞いていなかった彼女は虚像とか、実像とか、そういうものはよくわからないが、要は目の奥でちゃんとものが見えるように仕掛けがあるようだ。その仕掛けのおかげで私は光に触れられるのだ。心を動かせるのだ。 

人間というのはつくづく便利な生き物だ。 

自分の心を動かせるよう、綺麗なものはより綺麗に見えて、見たくないものからはピシャリとまぶたを閉める。 

風が吸い寄せられて窓から入ってきた。 

畠山は突然、失恋したみたいな気分になったので窓を閉めた。なぜか、涙が溢れてきて、うっうっと男みたいに泣いた。 

涙に混じって嫌な気持ちも流れればいいのに。 

畠山は泣いてもスッキリなんてしない。きっと、泣いてスッキリする人は泣いてる自分が可哀想になるのだ。だから、自分に同情して、あれは仕方ないよって自分を慰めるのだ。畠山はそうはならない。 

泣いている弱い自分を心底嫌いになる。だから、彼女は人前では絶対に泣かないし、自分の前でも泣きたくない。 

私は強い人間なんだと確信しながら生きたいと畠山は思っている。どんなことがあっても折れ曲がったりしないように余裕を持って生きたい。 

涙が止まって窓を開けると、相変わらず世界は青い。 

私の心の中も、青いなら、こんな青になったらいいのに、と腫れた目で睨みつけた。

執拗に夏を嫌う女(昔に書いたやつ)

八月が嫌いだ。 

肌もTシャツも、爪の先から舌の根っこまで、元気のいい太陽に照らされて黒ずんでいくから嫌いだ。 

初めて、親知らずを抜いたのも八月だったし、好きだった男の子に違う女がいたことを知ったのも八月だ。 

別に、悲しくなんてないよって言う私のおでこからは涙の代わりに汗が蛇口をひねったように流れ落ちた。 

八月なんて大嫌い。 

皆、夏になるとテンションが上がったり何か新しいことはじめようとする。 

でも、夏っていうだけでドキドキするのは間違っている。季節に自分の気持ちを左右されるなんておかしい。私は自分で自分の心を動かして、年がら年中ドキドキしていたい。夏なんていう、かき氷のように溶けてなくなったり、花火のように一瞬で散ったり、スイカのようにパカッと割れたりするものに惑わされない。 

体の気怠さや月末の電気料金や日向の眩しさやらは全部、夏のせいにして嫌いだ嫌いだと八月を呪いながら私は生きていく。これからも八月になるたびに色んなことを思い出しながら死ぬのだ。 

隣の誰かがそっと呟いた。 

「夏が終わらなければいいのに」 

私は八月が嫌いだ。 

すごく昔の話(昔に書いたやつ)

  イクチオステガは悩んでいた。 

  生命とは海で生まれたものであり、彼の父も祖父も魚として、水の中で生命を全うした。彼らは海の生態系のトップであり、なに不自由なく生きた。 

  父が死んだ時、彼は新しい世界を見たいと望んだ。強く望んだ。すると、水をかくことで精一杯だったヒレが地面を押す足になり、肺で呼吸をすることができるようになった。 

  息というのは不思議だと彼は思う。空気を吸うと肺が満たされ、それが自分の生命を維持するのだ。自らの意思で息を吸ったり止めたりできる。エラを使っていた頃はこんな感覚はなかった。 

  しかし、彼は地上で生きることのできる体を手に入れた今でも、水の中が恋しかった。 

自ら望んだことなのに、一歩先は数キロ先に感じ、明日の自分なんて見えなかった。 

  涙が出ることを知って、たくさん泣いた。 

  涙は地面に溶け出し、消える。それを繰り返して長い時間が経ち、前足の麓に水たまりができた。 

  月明かりの元で獣にも魚にもなりそこなった姿がこっちを向いて嗚咽を漏らしているのがなんだか滑稽で笑える。 

  イクチオステガは思った。 

  あぁ、オレは誰でもないんだ。 


  彼は息を止めた。自分の意思で。 

  水をかく為ではない足を必死に蹴る。 

  もう、涙が出ているのかもわからなかった。 

  そして、海の深い深いところまで潜っていった。